PRプランナー 妹尾浩二の日記

日々の活動記録

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NPO四国ステップアップ・コンサルティンググループ講演会

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P1050991私の所属するNPO法人、四国ステップアップ・コンサルティンググループの講演会の講師をつとめました。

今日のお話は、「中小企業のためのマスコミ広報・PR術」。中小企業経営者であって、広報活動にまだあまり取り組まれていない方が参加者の大半でしたので、広報PRの基本から、ニュースネタの作り方、プレスリリースの発信方法、情報連鎖のつくりかたなど、概略をご説明するだけで終ってしまいました。

本来であれば本格的にPRに取り組むためのスタートアップセミナーを2,3日かけてじっくりとやりたいのですが、参加者の方にその時間の余裕がないようで実現していません。

今日、特に強調したのは、新商品・サービスの発売時期にだけマスコミにアプローチする「ときたま広報」から脱却して、会社の経営ビジョンを踏まえてPR戦略を立て、それに基づいてニュースになる商品を開発し、ネタがなければネタを企画し、継続的にメディアに向けて情報発信して欲しいということでした。

聴講していただいた方は約30名。ご参加ありがとうございました。

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11月 25th, 2012 at 9:00 pm

あまりにもマニアックな豆腐

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11月に入って、一気に寒さがやってきました。つい2週間ほど前まで「暑い」と言っていたのがウソのようですね。

寒くなってくると我が家の「鍋もの指数」もぐぐっとアップ。そんな中、今ちょっと気になっている商品があります。それが、「鍋用!ズゴックとうふ」。

ジオン公国軍の水陸両用モビルスーツ「ズゴック」の頭部をモチーフとしたもので、水面から連邦軍の様子を伺うズゴックを再現・・・。なんて言われても、普通の人はなんのことかサッパリわからない。

これは、アニメ「機動戦士ガンダム」に登場する敵方のモビルスーツ(ロボット)の形をした容器に入ったお豆腐のことです。群馬県の豆腐メーカー、相模屋食料が10月に発売して、話題になっています。今年3月に発売した第一弾の「ザク豆腐」はすでに150万丁も売れたとのこと。全国のガンダムファンの間では圧倒的な人気になって、30代から40代のお父さんたちがスーパーでまとめて買っていく様子を、先日テレビのニュースで見かけて目を奪われたのです。

まあ、私自身はガンダムには興味を持ったこともないですし、この商品が欲しいとも思わないのですが、そのコンセプトとPR戦略には驚愕し脱帽しました。

元はといえば、相模屋食料の社長が子供の頃からガンダムの大ファンだったというのですが、この社長の熱烈ファンぶりは尋常じゃありませんね。普通なら、商品開発の段階で「ガンダム豆腐」になるでしょ。これであれば女性や子供にもわかるし、話題も広がりやすいと思う。それが「ズゴック」やら「ザク」やら敵方のキャラクターとなると、ガンダムを知っている人の中でも、半分以上は理解できないんじゃないでしょうか。

でも、そこが商品開発の面白いところ。もし「ガンダム豆腐」だったら、ガンダムのコアなファンたちがどうしても買いたい商品にはならなかったでしょうし、ここまでメディアで取り上げられることも、口コミが広がることもなかったでしょう。豆腐というコモディティ商品でありながらあまりにもマニアックなアイテムである、それを作った社長がまた、熱狂的なガンダムファンであるというところが、意外性の部分で突出しているわけです。

コアなガンダムファンはこれを買って帰り鍋に入れて、「出たなズゴック!」なんて子供と一緒に、あるいは一人で密かに楽しむんでしょう。

私はまだ買っていないけど食べてみたい。ところで、四国でも買えるのかな?
imagesズゴックとうふhttp://sagamiya-kk.co.jp/release/rel_2012_07.html

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11月 2nd, 2012 at 8:14 pm

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日本人は個人戦より団体戦

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ロンドンオリンピックが真夜中に放送されるものだから、毎日寝不足でしょうがない。

フェンシング団体、卓球女子団体、水泳メドレーリレー、体操男子団体。今回のオリンピックでは個人競技での団体戦が目覚しい活躍をしてくれてますね。

サッカーのなでしこや男子チームもそうですが、個人技では強豪に勝てなくても一人ひとりが個性を発揮しながら力を合わせて戦えば個の力の総和よりもさらに大きな力が発揮できる。「創発」効果のひとつだと思います。

日本人ってもともと、個人主義ではなくて地域や職場で助け合って協同して大きなことを成し遂げてきた国民ですから、団体戦のほうが得意なんでしょうね。

なんだか日本の活力を再生するカギがそこにあるような気がします。

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8月 6th, 2012 at 12:53 pm

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小さな縫製工場

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当社クライアント先のひとつである、香川県坂出市の小さな縫製会社「山本縫製工場」さんがDSC02346、JR東日本の雑誌WEDGE7月号に見開きで紹介されました。

WEDGEのウェブマガジン「WEDGE Infinity」でも公開されましたのでぜひご一読ください。

http://wedge.ismedia.jp/articles/-/2029

山本縫製工場は従業員8人の、ほんとうに小さな縫製会社です。昭和27年の創業から、スポーツウエアや婦人服メーカーの下請けで事業を伸ばしていましたが、バブル崩壊後に急速に経営が悪化。山本さんが社長について2年後、「このままいくと倒産は避けられない」と考えて断腸の思いで事業を縮小。奥様と二人で再出発し、今では、婦人服メーカーの下請けのほか、縫製技術を生かしたオリジナル商品の企画・製造・販売を進めています。

昨年開発して今春販売を開始した「腹圧健康ベルト アセット」は、お医者さんの監修のもと、腹圧を高めて腰椎を支える機能を持たせた新しい健康ベルト。他社の腰痛ベルトとの決定的な違いは、使っている素材とその立体裁断・縫製。綿の7倍の吸水性を持つ繊維を速乾性の肌触りの良い素材ではさんだ3層構造で、長時間つけていても汗を吸収して蒸れずに快適に過ごせるのが特徴です。

いろんなコルセットや腰痛ベルトを試したけれどどれも不快でダメ、という方々が続々とユーザーになっていただいています。腰痛にお悩みの方はいちど試してみられs-DSC01741てはいかがですか?

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7月 20th, 2012 at 11:46 am

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金環日食の経済効果

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2012年5月21日、高松の天候は曇り。金環日食はほぼあきらめていたものの、
気になって午前7時前に窓を開けてみたら、なんだか雲のベールがかかったように
うっすらと太陽が見えています。

しばらく見ていると右上のほうから太陽の円が欠けてきました。ピントが合いにくい
スマホのカメラで苦労しながら何枚も撮ってみました。

完全な金環は見えなかったけれど、珍しい天体ショーを生で体験することができ、
それはそれでよかった。

今回の金環日食の経済効果について、ある大学教授が試算した記事が出ていました。

日食メガネの購入やプラネタリウムの入場者、日食観測ツアーや観光地の売上など
直接効果のほか、記念の指輪、こじつけ商品、あやかり商品の売上等も含めて、
その効果は全国で163億円にのぼるだろうとのことです。

関連ニュースの中で興味深かったのが、ドリカムの吉田美和が1990年に
「指輪をくれる?2012年の金環食まで待ってるから・・・」という歌詞の曲「時間旅行」を
発表していたということ。

ドリカムの歌は大嫌いなのですが、このような才能には唸らされてしまいます。この曲が
入ったアルバムがまた、ここにきてリバイバルヒットする。これも金環日食の経済効果の
ひとつでしょうね。

皆さんの会社は、この珍しい天体ショーを商売につなげられましたか?こじつけ商品や
あやかりニュースを発表できましたか?時の話題を自社の商品や取り組みにからめて
販促やPRに利用できる会社は「商魂たくましい」というより「PR感度が高い」あるいは
「広報の瞬発力が強い」会社だと言えます。次のPRチャンスはいつくるのか、1年後、
2年後、10年後のニュースを今から予想して、いつでも発表できるよう身構えておくのも、
広報の役割ではないでしょうか。

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5月 21st, 2012 at 4:21 pm

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広報担当者に必要な3つの視点

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先日、ある企業グループの広報担当者勉強会の講師をさせていただきました。
私はこの企業でほぼ年に1度、広報に関してお話しさせていただいています。

今回は、最近の広報PRの成功事例・失敗事例をご紹介した後、
「広報担当者に必要な3つの視点」ということについてお話ししました。

広報担当者は、企業の社員であることは当然ですが、そのほかに、お客様を含む
一般社会の視点、そして報道する側のメディアの視点の3つが必要です。

視点というのは、その人の立場に立った考え方ということ。

広報担当者は企業の社員として最終的に自社の利益を追求することは当然ですが
情報を伝えるメディアの利益、そして情報を受ける側の社会の利益も同時に考えて
いかなくてはなりません。企業・メディア・社会のトライアングルの真ん中に自分が
立っているという意識を持っておくことです。

企業の視点としては、発信しようとする情報が営業・販促に役立つか。伝えるべき
ターゲット(最も影響の大きいステークホルダー)は誰なのか。公表によって悪影響
やリスクはないのか。今、発表することがベストタイミングなのか・・・など。

メディアの視点としては、テレビと新聞ではその役割が少し異なるのでそれぞれの
特性に合わせて考えなくてはなりません。テレビはなんといっても「画(え)」が必要。
インパクトのある画を撮れることを示すこと。またテレビの視聴者の多くは女性、子供、
高齢者であることを踏まえて、誰にでもわかる単純明快な内容であること。泣き笑いや
感動のストーリーがあることなど。新聞記者はTVより少し固くなり、情報の信頼性が
優先されるので、事実や数字の裏づけが必要となります。また、商品やモノの紹介
よりも、それを考えたり作ったりした人を取材したいと考えます。

社会の視点としては、自分が消費者の立場として第三者的に見たときにその情報に
興味を持つと思うか。今の世の中の風潮に合っているか。社会的弱者に配慮されているか
簡単な言葉で人に伝えられるか。テレビや新聞で見たら「もっと知りたい」と思うか、など。

露出すればモノが売れて儲けにつながるだろうという、企業の利益だけを考えたPRは
必ず失敗します。企業の独りよがりの情報をテレビスタッフや新聞記者が受け入れるはず
ありません。広く社会の共感を得られないものが売れていくはずはありません。

広報担当者は常に冷静に、第三者の目をもって、企業の情報をチェックし、コントロール
していく役割があるのです。

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5月 21st, 2012 at 2:56 pm

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震災から一年経った被災地で見てきたこと① 「マザーミサンガ」

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震災のあったその日、早春の名振の海は穏やかだった。
浜では最盛期を迎えた名産のわかめの水揚げが行なわれていた。
お昼過ぎ、水揚げ作業を終えて一息ついた頃に、その地震はやってきた。

いままで経験したことのない、とてつもなく強く長い揺れ。
やがて津波が襲ってきた。
一波、二波、三波・・・波は家を押し流し、船や漁具もみんな海に運んでいった。
津波の高さは15メートル。
浜に92戸あった住宅のうち8割を超える77戸が被害を受けた。
漁業に頼って暮らす名振の人たちは、途方に暮れた。

そして、石巻市中心部から遠く離れた名振は、復興支援の手が届かず、
瓦礫の撤去も後回しにされ、陸の孤島状態が長く続いていた。

しかしそんな中でも名振地区の住民は辛抱強かった。
男性たちは漁の再開に向けて瓦礫の処理や船の調達を進める一方で、
女性たちは仮設住宅で内職を始めた。

女性たちは、津波で被害を受けた魚網の糸を使ってミサンガを作っていた。
はじめは黒や白しかなかったが、やがて赤・青・ピンクなどカラフルな糸も用いて、
デザイン豊富なミサンガが編まれるようになった。誰かが名づけた。
「名振のお母さんたちが作るミサンガ」だから「マザーミサンガ」。

普通のミサンガは、長く身に着けていて切れると願いが叶うというおまじないがあるが、
マザーミサンガは「切れないこと」に価値がある。
魚網に使うナイロンの補修糸は強く、簡単に切れることはない。地域の絆、家族の絆、
そして支援者との絆をいつまでも大切にしたいという、名振の人たちの願いを込めた
ミサンガである。かけがえのない人との心の絆をかたちにしたい人に、使って欲しい。

2012年4月14日から15日、香川から宮城県石巻市の被災地を支援する
「美・パワープロジェクトin石巻」のメンバーとして参加してきました。

名振のお母さん方の願いを込めて作られたマザーミサンガ、1本1,000円。

売上金は100%、名振地区コミュニティーに送られ、復興に直接役立てられます。
興味のある方は「マザーミサンガ」で検索してみてください。

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4月 16th, 2012 at 4:48 pm

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FOODEX JAPAN2012

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3月7日、幕張メッセで開かれた食品の展示会「FOODEX JAPAN」に当社のクライアント企業が出展したので、東京へ出張してきました。

昨年、この展示会で地元テレビ局に取材され、同社の新しい取り組みを紹介していただいたことがひとつのきっかけになって、その後様々なメディアに紹介されて大ヒット商品が生まれた、私にとっては縁起の良い展示会です。

今年は4日間の会期のうち2日目だけ応援に行きましたが、去年と比べると注目度が格段に上がり、ブースの来訪者も多く、大手の問屋や百貨店のバイヤーなどとの商談がスムーズに進んでいたように見受けられました。

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3月 11th, 2012 at 2:31 pm

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ノスタルジー in 台湾

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3月1日から4日まで、台湾旅行に出かけました。
初めての台湾は、77歳になる義母を連れての旅で、高松空港からチャーター便で台北に飛び、あとは旅行会社に全てお任せのまったくお気楽な旅行でした。

狭い階段にひしめき合う九フンの街並み

台湾では台北の一箇所に滞在して北部の観光地だけを巡りました。新幹線を使って南部の高雄や台中を見るコースもありましたが、義母には移動が疲れるので、ゆったりとしたプランを選択。これがよかった。4日間、とてものんびりと過ごすことができリフレッシュできました。
行き先を台湾にしたのは「料理が日本人の口に合う」と聞くから。観光地の下調べなど何もせず、ただ美味しいものを食べに遠出する感覚でした。しかし、現地に行ってみると、歴史的な背景や台湾の政治・社会の現状を少し予習してからいくべきだったと少し後悔しました。特に中国との関係が今どうなっているのかとか、孫文と蒋介石がなぜ台湾で英雄視されているのかとか、日本統治時代はどうだったかとか、基本的な知識から不足していたので、車窓から見る景色や観光地での説明も今ひとつ頭に入ってこなくて残念でした。まあ、今回はそこまで貪欲に何かを得ようとして行ったわけではないので良いのですが。
そんな中でも、一番印象に残ったのは、九フン(フンは「にんべんに分」と書く)の街並。九フンは20世紀前半の日本統治時代に金の採掘で栄えた街で、1971年に閉山されてからは寂れていましたが、台湾で大ヒットした映画のロケ地になってからどっと人が押し寄せ、台湾を代表する観光地になりました。日本のアニメ映画、「千と千尋の神隠し」の舞台のモデルにもなったことから日本人の観光客も増えたそうです。山間の急斜面にへばりつくように何百軒という家がひしめき合い、商店街の細い通りは金山で栄えた頃のように今でも賑わいがありました。日本語の客引きの声、芋のお餅や饅頭を売る匂い、この街並の中で「異国」というよりも「異次元空間」に来たような錯覚に陥りました。長い階段状の通りの脇に立つ建物からは、今にも「湯婆」が顔を出しそうな雰囲気。この街ほど「ソスタルジー」という言葉がふさわしい場所もなかったような気がしました。

巨大な中正祈念堂
河口の街、淡水で見た夕陽

そのほかにはオランダ統治時代の名残のある淡水という街や、台北郊外の士林の雑然とした屋台が並ぶ夜市、圧倒的なスケールの中正紀念堂(蒋介石記念館)や故宮博物院、高さ500メートルでアジア一の超高層ビルなど、台北周辺の見どころは余すことなく見せてもらいました。
食事は昼食・夕食は北京料理、広東料理、台湾料理、飲茶etc・・・と中華オンパレード。日本で食べる中華料理ほど味付けが濃くなく、どれも食べやすかったです。しかしとにかく、出てくる量がすごい。お馴染みの回転テーブルに次から次へと料理が運ばれてきて、片っ端から食べて片付けないと次の皿を置く場所がない、ということでひたすら食べ続けたら、帰国してから体重が2キロ増えておりました。台湾に行くならこうした事態は覚悟していかなければらないということですね。
台湾というところは日本統治時代の文化が色濃く残っているので、街を歩いていても全く異文化の海外という感じがしません。それに、台湾人のガイドさんがあまりに流暢な日本語で喋るので、日本の観光バスに乗っているのと同じ感覚だったし、ちょっと雰囲気が違う日本の一都市という感じだったでしょうか。
もう一度台湾に行く機会があったら、今度はできればもう少し時間をかけて、南部のほうを周遊してみたいと思います。

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3月 11th, 2012 at 11:49 am

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一通の案内状

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今日、郵便ポストに、見慣れない名前の方からの私宛の白い封筒が届いていました。

一瞬、「だれだったっけ」と思い、住所を見ると見覚えのあるところ番地。

以前勤めていた会社で私の上司だったIさんの奥様からの、何かの案内状でした。

封を開けて、本文を読んで、愕然としたのち、涙があふれてきました。

Iさんが先月、肺がんのために亡くなったという知らせと、お別れの会のご案内でした。

たぶん、62歳ぐらいだったと思います。まだ若い。早すぎます。

Iさんとは、私が以前勤めていた会社で、10数年、上司と部下の関係でした。

私が27歳で中途入社したとき、Iさんは同じ部の次長さんでした。

ほどなく部長、そして取締役、常務へと出世されましたが、常に私の上司として

優しく、時には厳しく指導していただきました。

クールで、知的で、人間味があって。私が人の上に立つなら、Iさんのような

上司でありたいといつも思っていました。

広報室を立ち上げたとき、東京に転勤したとき、会社を辞めることになったとき、

いつもIさんのアドバイスがありました。

そして、今こうして高松で独立して仕事できているのも、Iさんのお陰の部分が

非常にたくさんあることを、今さらながら感じています。

2年ほど前にお会いしたきりになっていましたが、会えばご報告したいことが

たくさんありました。ちゃんとしたお礼も出来ないままです。

残念です。寂しいです。Iさん。

本当にお世話になりました。ありがとうございました。ご冥福をお祈りします。

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2月 10th, 2012 at 5:45 pm

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